nikotto SAKUの想い
はじめまして。
産前産後からだケアサポート nikotto SAKU代表の
沢田咲実です。
~保有資格~
☆理学療法士(医療系国家資格、2010年取得)
☆月経血コントロールヨガインストラクター
☆Pfilatesインストラクター
☆骨盤ケアリスト
☆バースセラピスト
~所属~
日本骨盤ケア助産学会(助産師向け講座講師)
にじいろ助産院(業務委託)
〇大阪市淀川区出身
〇平成元年生まれ
〇2児の母
【nikotto SAKUができるまで】
私は幼い頃から虚弱体質でした。
理学療法士になるため専門学校に入り、
国家試験に無事合格し、
働き出してからも虚弱は治らず、
でも病気の人を相手にした仕事なので、
とにかく元気な振りをして日々の仕事をしていました。
やりがいがなかったわけではないけど、
ただただ仕事をこなしている感覚でした。
22歳で職場の同僚と結婚。
24歳で妊娠出産を経験。
この待ちに待った妊娠出産が、
まさかの地獄の日々の始まりでした。
妊娠発覚から数日で、
吐き気で何も食べれない、飲むのもつらい、
起き上がってられない、
お風呂に入るのもマラソン級のつらさ
点滴通院するもどんどんやつれ、
8キロも痩せました。
妊娠5か月に入って何とか仕事復帰するも、
ガリガリでヘロヘロな体で、
普通に患者様のリハビリをできるわけもなく、
スタッフからは
「今にもフラ~って倒れそうで怖いわ」と心配され、
患者様には
「私のことはいいから、あんた休んどきや」と言われる始末。
何も返す言葉が出ず、
何もできない自分にただただ無力感でいっぱいでした。
案の定、
無理がたたって切迫早産になり、
産休を待たずして強制終了。
「私は本当は妊娠してはいけない人だったんだ・・・」
そんなことばかりが
頭の中をグルグルめぐっていました。
何とか臨月まで持ちこたえて出産。
その後もまだまだ、地獄は続きました。
少し小さく生まれてきた娘は
母乳を飲む力が弱く
1日中ひたすら授乳練習の日々。
1日中続く睡魔
体の痛み
だるさがあいまって、
本当にわが子をかわいいと思うことはありませんでした。
この時の私を動かしていたのは、
ただただこの小さな命を
つぶしてしまわないように、
という使命感だけでした。
「世の中のママたちは、
なんでこんなことをみんなできてしまうんだろう、
やっぱり私みたいな弱い人間は、
母親になったらいけなかったんだ。」
まさに出口の見えないトンネルでした。
そのトンネルから抜け出すきっかけは
夫の一言でした。
「あんな病人みたいな体で
大きなおなか支えてたんやし、
毎日抱っこして母乳あげておむつ変えて、
今までやったことないことしかしてへんのやから、
辛くて当たり前ちゃう?」と・・・
それを聞いてハッとしました。
私が悪いわけじゃないんや!
無力じゃないんや!
そこからようやく自分の体を
労うことができるようになりました。
そして、
同じような悩みを抱えながら、
しんどさを我慢して
辛さを隠しながら子育てしている人は絶対いる!
私ならその人たちの役に立てるかもしれない!
そう思って、本格的に産前産後のリハビリについて
学び始めました。
その後、この知識と経験を生かすべく、
マタニティサロンに転職。
しんどいママ達のお役に立てる喜びで、
充実した日々を送りました。
そんな中、28歳で2人目を妊娠。
この時も1人目同様、
重度つわりで点滴入院、
仕事もほぼ休業しました。
しかし、出産・産後は
1人目とは大きく異なりました。
せっかく得た知識を徹底的に実験しようと望んだ出産。
何が快適かを追求しようとあらゆるセルフケアを試した産後入院。
その結果、
1人目と比べものにならないくらい
の疲労感の少なさ!
体の痛みもコントロールできる!
何より産後入院中からずーっと
我が子が愛おしくてしかたない!
赤ちゃんってこんなに可愛かったんや~♪と
ようやく感じることができました。
この両極端の気持ちを味わったからこそ、
産前産後のママのからだを守るために、
私にできることはまだまだあるはず!
と、開業を決意しました。
【nikottoSAKUのこれから・・・】
たくさんの頑張る妊婦さん・産後ママに、
◯産後の体を労うこと
◯産後の体のケアの重要性
をお伝えしながら、
ママのからだケアを通して、
〇幸せな子育て時代作り
〇トラブルのない更年期
〇元気な老後へとつなぐサポートを
していきます。